知らんし!!

工場リーマンが独り言を言っているキモい場所

そして、私は零細正社員になる

2006年9月

 

群馬県にある零細企業の正社員になった。

始業時間前に掃除はあるし、ラジオ体操はもちろんない。

そして基本的に残業はない。

 

タレパン、ベンダーなどの板金部品の量産だったり、建築金物の組み付けだったり内職的な仕事が大半。

世の中にはネジしか作れない企業もあるし、でも、それで成り立ってるんだという言葉があるけどまさにそれ。

 

こんな簡単なものでも誰かが作らないと世の中回らないんだよなー。

零細企業はある意味親切

中国から帰国して住むところを探すことになった。

零細企業なんで借上げ者宅なんてないが、なんと会社で家探しを手伝ってくれた。

 

自分でも違う不動産屋にあたったが、いい物件がなかったので最終的には探してもらった物件にした。

 

まあ、この物件安い。

とにかく安い。

しかも、コンビニすぐ近く。

イオンモールまで車で5分。

 

安いから民度も自分を含めそれなり。

でも、良物件。

 

零細企業がアットホームっていうのはあながち間違いじゃない。

さぁ、日本へ帰ろう

香港国際空港から、台北を経由して福岡空港に帰る。

 

台北での乗り継ぎで2時間。

ふと感傷に浸った。

 

 

時はさかのぼること2003年

 

私は短大2年生。

 

ギリギリで国公立の大学への編入もありえたが、あと2年の学費と生活費の現実を見て就職を決意。

 

 

 

そしてここは、熊本のホテルにある喫茶店

 

ここで、今面接が行われようとしていた。

 

 

 

まあ、そんな重苦しい雰囲気じゃなくて、

 

いやぁ。俺おなか空いちゃって、君らもどれでも好きなの食べていいよ程度の軽い面接。

 

” いや。罠かこれっ ? “っていうくらいの軽い面接

 

ブラック企業にありがちな面接とは言えない面接

 

 

 

世間話して喫茶店でお昼御飯ごちそうになって、次の週には内定もらった。

 

面接1回だけ、適性試験など無し。

 

今から考えると、いろんなところで罠が待っていたが当時は知る由もなく

ただただ、就活終わり、ラッキー程度にしか思っていなかった。

 

そして、今後行く会社も面接後すぐに内定をもらった。

うーん、今度もブラック企業なのかなぁ。

番外編 中国の結婚式

中国の結婚式では時間通り始まらないことが多い。

そして私服でOK

 

ご祝儀は日本人だったのでだいたい200元くらい払った。

受付を済ませ、会場に入ると麻雀大会である。

 

中国の麻雀は役がない。

上がれば勝ちという単純明快ルール。

 

とりあえず、20元くらいから掛け始めて、最終的には1,000元くらい儲かった。

こういう賭け事が終わってからなので午後2時開場、午後7時開演、午後11時解散みたいなノリである。

いやあ、辞める直前にご祝儀除くと800元儲かるなんてついてるね。

番外編 OEM/ODMってなに?

番外編

 

OEMとは他社ブランドの製品を製造することです。

この場合は図面は大手企業だったりします。

 

ただ、設計だけをする会社も世の中にはあるんで図面もOEMだったりします。

ラボで技術的にはすごいものが出来たけど、とても自分たちじゃ量産化出来ませんといった時に量産化を前提にその技術をつかった設計を設計屋さんにやってもらうことがあります。

 

ODMとは他社ブランドを設計から製造まで行うことです。

小型家電とかは完全にODMのものがあります。

時々マスコミインタビューで、ODM先企業の営業兼生産管理さんが開発設計者なるものででたりする闇があります。

あの手の開発者インタビューは所詮会議ばかりの管理職やただの広告塔な人なので意味のないものだと感じさせてくれます。

 

 

OEMはこの世にあふれています。

例えばトヨタとスバルの軽自動車はダイハツ、日産の軽自動車は三菱、マツダの軽自動車はスズキという風に最初からバレています。

 

しかしODMは曲者でどこが企画したかわかりません。

最終的な責任はブランド企業が取りますが、修理がユニット単位になった理由もコスト以外に、ODMが増えたからというものあります。

図面は受領承認するのでブランド企業にありますが、ノウハウは一切ありません。

ただ、ユニットの組み換えであれば修理のノウハウが使えるので自然とそうなっていきます。

 

 

OEM/ODM企業にいるとブランド企業の世間の評価と内部事情はかなり違うことに気づきます。

 

インターネットではホワイト企業と言われてるけど、強い労働組合があるはずなのに、高い給料くれてやるから役員の命令に絶対服従だみたいな会社もあります。

切られるべくして切られた部門、つぶれるべくしてつぶれた会社もありました。

 

見てる分には面白い世界ですが、働くには業界界的な構造に嫌気が差すこともあります。

どの口がその発言をするのか

2006年9月

 

辞める月は勤務日が1ヶ月に満たないため、前日分までの精算を香港本社で行う。

その時に常務と話す機会があった。

 

常務は射出成形の分野はまだ行けると思っている。

今やめるとは残念だという発言をした。

 

私はどの口がその発言をするのかと思っていた。

 

時を遡ること2003年5月

別の常務と熊本の喫茶店で面接をした。

「君、アイスの食べっぷりがいいね」これで内定をもらった。

某ゲーム会社も内定寸前だったけど蹴った。

時代は工場だ、そして中国だそう言っている。

 

別の常務は2016年にこの会社を去った。

それから露骨にあうたびに、パワハラを今の常務がしてきた。

つまり、今の常務が見初めた人間ではなく、辞めた常務が勝手に取った人間だからだ。

 

そんなことをしておいて、最後だけはこれかと思ったら本当に違う意味で涙が出てきた。

ここまで情けない会社にいたんだなと。

こんな情けない会社が大手企業の製品を作ったり図面引いたりしてるんだなと。

今日が中国での最終出社日、そういえば有給余りまくりだったな

2006年9月

 

今日が中国での最終出社日である。

この日も普通に仕事をして、挨拶回りをした。

同僚への引き継ぎがあり、この日も帰宅は午後9時だった。

 

そこから荷造りをして香港へ向かう。

皇崗口岸が出来ていたから深夜でも香港へ行ける。

この2年間で本当に便利になったものだ。

 

思い起こせば2年半。

このブラックな環境でよく耐えられたなと自分でも思う。

明日は香港本社で最終精算をして、日本へ帰国だ。

 

これから、新しい人生が待っているんだ。