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とりあえず適当なことをつぶやいてるん

加害者の家族も同罪だという人間は自分が同じ立場になったら必ず手の平を返す

加害者の家族も同罪だという人間は自分が同じ立場になったら必ず手の平を返す。

たぶん、被害者の家族は救われないのに、加害者の家族がのうのうと生きているだとか、被害者に損害賠償を支払わないやつがいるだとか書いてるやつは人間の屑なわけでそういう人間は自分が同じ立場に立った時は手のひらを必ず返す。

 

自分は子供の時から30年以上差別と偏見の中で生きてきたからわかることもある。

自分がその立場になってみなければ理解できない。

何を言っても理解されない、だから家族を含め人間というものを根本から信じることをやめた。

他人を信じることをやめたからこそ見えるもの、理解できるものがある。

 

加害者は何を指すか、殺人を故意に犯した者だけか。

いや、ちがう。

業務上過失致死はだれにでも起こりえる。

車、自転車、時には徒歩だって誰かとぶつかってしまえば加害者なる可能性はある。

ある日冤罪で逮捕されて冤罪なのに加害者になってしまうこともある。

もちろんその家族、親類縁者になってしまうこともある。

そんな場面でお前らは犯罪者の縁者だから幸せになってはいけないと言われたらどうする。

それが原因で自分の人生が壊れたらどうする。

加害者の家族も同罪だという人間はそういう観点で考えることができないのだ。

それはなぜか、考えたことがないからこれに尽きる。

 

考えてみよう。

自分が会社や学校で立ち眩みをした。

運悪くだれか他人にぶつかってしまった。

そのぶつかった人はよろけて転んでしまった。

たまたま打ちどころが悪く死んでしまった。

これがあなたが原因だとしても、家族が原因だとしても、おめでとうあなたは加害者です。

こんなバカな話に思えるかもしれないが現実に起こっている。

 

心に闇を持った私は思う。

私からすれば世間は差別と偏見で私を見る。

つまり私から見れば世間の人間は犯罪者なのであって、そう考えると世間の人間はすべて加害者もしくはその家族として幸せに生きてはいけないことになる。

この考え方が屈折すれば犯罪を犯してしまう。

犯罪とはそういう紙一重の状態なのだ。

私は今は世間に対してなんのアクションも起こしていない。

しかし、何かがきっかけになれば犯罪者になってしまうことがある。

犯罪者の家族を世間が私刑してしまうことで新たな犯罪者が生まれるきっかけを作っている。

犯罪者ではなくその家族に私刑を向けるものも犯罪者であると自覚する世界であればこの世界はもうすこしだですみやすくなっただろう。

子供の時から30年以上差別と偏見の中で生きてきた自分としてはそうなってほしいという願いはあるが、この日本では日本人ではそういう未来は作れないだろうという冷めた自分がいるもの事実である。